字幕が読めない若者の謎
「格差社会」と言われ、経済格差が教育格差としても現れることの問題が指摘されていますが、↓このような種類の格差は、経済格差以前の問題ですね。
▼「ナチスって何?」…字幕読めない若者増加に映画業界困った!
「映画業界では「若者の知的レベルがこれほど下がっているとは…」と驚いている。」
「字幕以前の問題も。ある映画会社の製作担当者は「スパイ系作品の試写会後『ソ連って何ですか?』、『ナチスって何ですか?』との感想が寄せられ、本当に驚いた」と打ち明ける。」
とのことですが、漢字が読めないとか、ふつうの中学生レベルの知識もほとんどない若者が増えているという問題が、こんなところにも影響を与えているんですねぇ。
映画に字幕を使うのが難しくなって、吹き替えにせざるを得なくなっているそうですが、スパイ系の試写会で「ソ連って何?」「ナチスって?」とは(´Д`;)。
映画制作にかかわる人たちは泣きたくなるでしょうね。しかし、大衆の中にある程度の知識格差があるのは仕方ないとして、映画業界がこれほど深刻に嘆かざるをえない状況になっているとは、驚きです。というか、いくら大衆相手といっても、そういう人たちに見てもらうことは想定外なのでは?
字幕より吹き替えがよい人には、DVDで見てほしいと思いますが、簡単な漢字が読めない人が増えているのが現実であれば、「字が読めないので、吹き替えにする」までは、仕方ないでしょう。
でも、「ソ連って何?」「ナチスって?」というのは、これはまさに仕方のない、どうしようもないことです。「映画の途中ですが、ここで、解説です」なんて、できるはずもありませんし、「ソ連って何?」という人は、放って置くしかないのです。知らなかったなら、そして知りたいと思ったなら、後で調べれて知ればよい。それだけの話です。
近い将来、こうしたことが経済格差・教育格差の具体的な問題の一つとなって現れてくるのかもしれませんが、現在の問題は、それ以前の問題です。「それ以前」とは、次元のことであり、また、30年ほど前にはすでに表面化していたという時間的な意味でもありますが、それは、いわば「意欲格差」です。そして、それから必然的につながる「知識格差」。
ただし、最近「意欲格差」という言葉を使う人たちの書いたものを読みますと、たいていが、経済格差や社会的不平等の結果だという論調です。わたしが感じている「意欲格差」は、もっと単純で、しかし大きな結果の差となる当然の理屈のことで、「知りたい」とも思わない人に知らせることはできない、ということです。「意欲」というより、「願い」と言った方がよいかもしれません。人に「願い」を起こさせることは、極めて困難、人間にはほとんど不可能事です。
まぁ、この字幕問題あるいは知識格差問題は、、映画業界にとっては、まさに「困った!」問題でしょう。しかし、キリスト者のわたしから見ますと、これは人の「願い」の問題であるがゆえに、「悩ましい」問題なのです。
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