2009年7月 2日 (木)

「外務省のラスプーチン」有罪確定・・・今後の活躍を期待

昨日、「ああ、とうとう決まったのか」と思わされたニュースが入りました。

佐藤優・元主任分析官が失職へ…最高裁上告棄却で

「外務省のラスプーチン」と呼ばれた佐藤優氏の有罪が確定しました。佐藤さんについては、このブログでも何度か取り上げましたし、ここ数年、わたしも10冊ほど著作を読みました。
「背任」と「偽計業務妨害」が問われたわけですが、わたしもどう見ても無理があるだろうと思っていましたので、有罪確定は予想通りとは言え、残念でありました。

佐藤さんは同志社の神学部と大学院を出ている割には(と言っては失礼ですが)、「らしくない」ところがあるなと感じていました。つまり、わたしの信仰的な感覚に触れ合うところがある。ところが、最新刊の『神学部とは何か』を手にしてみると、「あとがき」に次のように記されているではありませんか。

「私は、子どもの頃から日本キリスト教会(新日キ)の日曜学校に通い、京都の日本キリスト教会吉田教会で洗礼を受けた。それだから、他の同志社大学神学部出身者と比べると日本基督教会(旧日基)への思い、また教会史においては長老教会に対する思いも強い。このことについては、また別の機会に記したいと考える。」

「同志社だから」「同志社なのに」と、こちらも先入観を持ってウォッチしていたのですが、「ああ、やっぱりそうか」と、初めて腑に落ちました。佐藤さんの考え方には、危なっかしいと感じる点など、同調できない所ももちろんありますが、しかし、信仰的背景を知ったら、いよいよ親近感が増してきました。「長老教会に対する思い」を、ぜひ「別の機会に」記していただきたいものです。

このわずか数年で、数十冊(雑誌や対談の類を入れると100を超える?)にもなる著作を世に送り出している奇才は、これからどんな活躍をするのでしょうか?

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2009年6月25日 (木)

100年から150年へ

24日(水)富士見町教会において、「プロテスタント日本伝道150周年」記念行事の一環として日本基督教団創立記念日礼拝が行われた。
礼拝に続いて、伝道牧会50年を超えて今なお現役の教師の表彰式が行われたが、驚いたのは、50年を超える現役教師がなんと61名もおられたこと。プロテスタント日本伝道「100周年」の時を牧師として迎えていたのだからすごい。

わたしはようやく16年を超えたところ。あと34年ねぇ、う~む。

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2009年6月19日 (金)

人の「死」・人の「命」とスピリチュアル

臓器移植法の改正案が衆議院を通過した。一般的に注目される議論の焦点は、「脳死」を人の死とするかどうかであるが、「何をもって人の死とするか」は、裏返せば「何をもって(どこまでを)人の命とするか」である。
いみじくも「死」を法律で定めることに表れていることは、「死」とは、人間社会での「取り決め」だとういこと。そうすると、「命」も同様である。

「命」とは何か。それは、科学的に把握することはできず、明確な定義もできない。医学にせよ生物学にせよ倫理学にせよ、それぞれの分野ごことに、「これを生命としよう」「こういう状態になったら死(生命の終端)としよう」という具合に、とりあえず「取り決める」ことしかできない。
しかし、そうした自然レベルの人間関係の中だけでの「取り決め」では、「呼吸停止か、心停止か、脳死か」といった議論のように、命の価値は「目盛りをどの位置に合わせるか」のような、平板なものとならざるを得ない。命の「深み」や「重さ」や「価値」は失われたままとなる。

人間は、とくに現代人は、「命」を考えるときに、神を捨ててしまって、超越的な次元を無視しているので、「命の深み」が分からなくなっている。

ところで、WHO憲章における「健康」の定義の改正案が、10年前から議論されているが、その焦点は、従来の定義("physical, mental, spiritual and social well-being)の中に、"spiritual"を入れることである。改正は総会を通っていないが、健康について言及される時は、すでに"spiritula"の次元が考慮されるのが通常である。
(*** なお、最近流行りの「スピリチュアル」は、ご先祖様だの宇宙の精神だのと言うが、まったく超越的次元などない。一種のエンターテイメント、芸としは面白いかもしれないが。)

健康は、健やかな状態のことであるが、何の状態かというと「生きる者(命)」の状態である。生きる者は、physical(肉体的), mental(精神的),social(社会的)な存在であると同時に、どうしてもspiritual(霊的)な次元においてとらえないと、「生きている」こと、「命」のことが分からないのである。
(ちなみに、WHOの「改正案」は、それらの要素の"dynamic"な状態としている。)

聖書は、その冒頭、創世記2章で、「生きる者」としての「人」と「命」のことを語っている。

「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。」(創世記2:7)

聖書は、人は「土」「塵」から形づくられていると言う。これは案外、科学的な視点からしても正確である。人間はそれ自体として見れば、どう分析しても人間独特の元素などはないのであり、まさに「土」であり「塵」、宇宙の塵だ。
しかしそれをなぜ、私たち人間は「生きる者」と言い、その生きている一人の存在を、「かえがえのない存在」だとかと言う(信じる、取り決める)ことができるのだろうか。

聖書の証言に聞くならば、「神が」その「息(=霊)」を吹き入れられたから、だという。あくまでも命の主である神との生きた関係、dynamicな関係(超越的な次元との)の中で、はじめて「生きる(命)」ということが意味や価値のあることとなる。
また、その「生きる者」とは、直訳すれば「生きた魂」であり、単なる機能的な意味での生物ではなく、向かい合う(神の「かたち」としての)「生きた人格」である。
さらに聖書は、本来そのような「生きる者」が、命の主に背を向け、神を捨て、霊的次元を失った「肉」としての人間の姿(=罪)をも暴く。そして、霊的に死んだ肉なる人間に、神は命の道を与え、立ち帰るように呼びかけ続けておられることをも語っている。

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2009年6月17日 (水)

事実の方がコワいのか

<偽造証券?>13兆円分密輸未遂で拘束の日本人 伊が釈放

あの13兆円証券持ち出し事件、証券は偽物の可能性が高いとのこと。

> 米国債やケネディ債は「額面の大きさや発行年代が現存しない可能性が高い」。

電車内で財務警察に逮捕されたのだから、あらかじめマークされていた人物だったはず。使用や提示がないと言っても、「13兆円」という超々巨額証券偽造だ。背後に巨大な組織が関与しているは明らか。しかも、日本総領事館は2人の名前を知っている。

これほどの巨額・巨大な偽造事件であるにもかかわらず、「現存しないモノを偽造しちゃいました」で片付けようとは。

日本のマスコミはこの事件をスルー。事実の方が怖そうだ。

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2009年6月16日 (火)

行ってきました、初ドック

忙しいだの何だのと言って、健康診断を逃れてきたが、ついに人間ドックに入ることに。

行ってきました、初ドック。

1月の腸炎の時や3月に入院した時に、CTスキャンやエコー、胃カメラと、けっこう詳しい検査をしたが、あのバリウムと脳ドック(MRI)は初めて。
バリウムは、言われているほど苦ではない。量も大したことなく、グビッと一気飲み。横になったり縦になったり、何度もグルグル回ったり、撮影の方が大変だ。

いろいろな検査の後、軽い運動能力診断やストレッチの仕方なども教えてもらう(知ってますけど、謙遜に再学習(・∀・))。酸素摂取能力はけっこう良い方だそうだ。今年に入ってから病気続きで無酸素運動も有酸素運動も完全にサボっていたので、一安心。「このレベルを落とさないように頑張ってください」とのことなので、ちょっとだけ頑張りましょう。

体重は、基準よりもまだ4kgほど高いが、「基準は、人による筋肉量の違いを無視しているので、あまり意味はありません」とのこと。やっぱり、そうだろ。「メタボ」の基準も、ウエストのサイズなどは全く基準にはならない。

ただぁ~し、血液検査の結果だけを見ての診断だが、中性脂肪が高め(まぁ当然)。「運動すればすぐに下がります」。はい、運動します。

検査結果は後日郵送されてくる。脳ドックの結果は1ヶ月ほど後、専門の医師に聞きに行けるのだが、8月半ばまで行く暇がなく(´Д`;)、しばらくお預け。

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2009年6月13日 (土)

面倒くさがりやのための

書店の入り口に、『面倒くさがりやのあなたがうまくいく55の法則』(本田直之著)という本が売れ筋として並べてあったので、ちょっと立ち読み。
目次をざっとながめても、「面倒くさいから 体を動かす」とか「面倒くさいから 自己責任にする」といった、「へえ」「なるほど」と思う法則がいくつもあげられていました。
(「面倒くさいから 立ち読み」も、ぜひ入れてほしかった。)

意表を突く(わざとでしょうが)ようなものも、少なくありません。たとえば「面倒くさいから パソコンを頻繁に買い替える」というもの。わたしは、著者のように3~4ヶ月で買い替えるなどということはしません(できません)が、考え方にとしては共感というか、基本的に同じでした。
これまで数回、パソコンのクラッシュ(ふつうはハードディスクの)を経験した者からしますと、前にも書いたかと思いますが、大げさに言うと「PCのクラッシュは脳が損傷を受けたようなもの」です。バックアップを怠っている時のクラッシュは悲惨です。
だからこそ、日頃のバックアップはもちろんのことですが、PCを母艦とモバイル機で使い分けるのもけっこうリスクがあります。
わたしも最近、4万円前後と価格が熟れてきたネットブックをモバイル用で使っていますが、母艦との同期が面倒ですし、USBメモリなどで一部のファイルだけ更新したりしていますと、思いがけないミスをすることがあります。
実際、大事なデータを消してしまったことを書きましたが、分かりきった初歩的なミスなのですが、やはり起こる時は起こります。やる時は、やってしまうのです。
そこで、1台になんでもかんでも放り込んでおく、という「面倒くさがりや」の方法が案外安全だということになります。

ところで、先日、「我が家のノートPCがクラッシュ」したことも書きましたが、「どうしようかなぁ」と考えていたその日、DELLのHPを見ていると、ちょうど「本日限り!の大セール!」をやっているではありませんか。対象商品は何か。これまたちょうど、わたしが使っている機種のマイナーチェンジ版(多少の性能アップ)。それが、約5割の値引きということで、早速家内に相談。直ちに"Go!"、といった次第。

先週届いた新しいPCは、わたしが使うことにして(^_^;)、旧い方(と言っても、1月に買ったばかり(´Д`;))は我が家のPCとなりました。

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フェーズ6(パンデミック)ですが、何か?

久しぶりに運動をして汗をかいたので、気分良く裸でいたのが障ったのか、ちょっと喉に違和感。すぐに油断しちゃうんですよねぇ。

そういえば、豚インフルは「フェーズ6」と、パンデミック(世界的大流行)を意味する最高警戒水準に引き上げられました。「そういえば」といえるほど、今ではけっこう皆さんのんきですよね。5月のあの騒ぎは、いったい何だったのでしょうか? そういえば、いつの間にかマスクもお店に並んでいます。

5月の日本での異常な反応は、海外から見てもやはり奇怪に見えたようで、日本人は"Tokyoflu"にかかっていると揶揄するメディアもあったそうです。われわれ日本人は、こういうところは本当にビョーキですね。(わたしは、マスコミが一番「悪い」と思っていますが)
関西から流行し始めたこともあって、少なからぬ学校が修学旅行の「中止」を決めました。学校は、「《今年は》中止にした」と言いますが、ナニを言っているのかと。生徒にとっては「来年」は無いのです。楽しみに準備し、一生の思い出になるであろう中学時代の修学旅行は、「永遠に」無くなったのです。

「石橋を叩いて渡らない」日本人の心配性、潔癖症、集団依存症は、わたし自身の心性(ビョーキ)にもなってしまっていますから、誰を責めるわけではありませんが、パンデミックへの対応など、それこそ国際協調・協力が求められる場面では、「自分さえよければ」的な行動に表れますから、やはりもう少しフツーに考えられるように訓練が必要でしょう。

5月の騒動に際しては、台湾や中国からも「憐れみのマスク」が送(贈)られましたが、「日本人のみなさん、もう少ししっかりしてくださいよ」との励ましのように思われました。

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2009年6月12日 (金)

13兆円をバッグで持ち出し???

米国債13兆円持ち出し? 伊で邦人2人拘束
(asahi.com 2009年6月11日19時5分)

総額1340億ドル、なんと約13兆円相当の米国債等をイタリアからスイスに持ち出そうとした2人の日本人がイタリア財務警察に逮捕され、検察に送致されたとのこと。
しかも、二重底の鞄の底に入れて、電車で。・・・・

じゅっ、13兆円って、あなた。「それって、いったいいくらですかぁ?」と問いたくなる額です。インドの国家予算ほどだそうですが、いったい、どこの誰の資産なんでしょうか。まさか個人のものではないでしょう。
ということは・・・・

なにやら恐ろしいニュースですが、ネットでもテレビでも、なぜかほとんどスルーされています。やっぱり、ナニだということかも。

「2人は持ち出しを申告しておらず、債券が本物の場合には額面の約40%が罰金として科せられる可能性があるという」。
もしこれが本当なら、5兆円の罰金? ウソでしょ? ウソですよね?

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罪人のためのキリストの死とわたしたちの価値

「実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、不信心な者のために死んでくださった。
正しい人のために死ぬ者はほとんどいません。善い人のために命を惜しまない者ならいるかもしれません。
しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」
(ローマ5:6-8)

ごく希だとしても、正しい人や善い人のためならば命を惜しまず、死への道をも共にするという人ならいるだろう。しかし、キリストの死はそうではなかった。神に背を向け、キリストを憎み、殺す者、そういう無価値な者のために死なれたのだ。なぜだろうか。

わたしたちが罪人であったときの、キリストの死。たしかに、そこに神の愛が示されているのであるが、同時にそこに、わたしたち自身の、隠された価値が顕わにされたのである。
不信心な者のため、罪人のため。その「ため」には、途方もない価値の転換、命のやりとり(贖罪・贖い)があった。この神の愛のうちに、わたしたちの価値もある。

ちょっと大胆に言えば、わたしたちの価値は、神の御子イエス・キリストの命とバランスするということである。天秤のこちらにわたしたち自身が、そして向こう側には主イエスが乗せられ、わたしたちは神のものとして買い戻されたのである。

「主イエス・キリストによって」「キリストのお陰で」(5:1-2)入れられた恵みは、決して安価ではない。

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2009年6月11日 (木)

「キリスト祭」!?

ナニャドヤラ奉納/新郷で「キリスト祭」(デーリー東北新聞社)

「キリスト祭」の宣伝ポスターはこちら
 ~神秘と浪漫の里 キリストの墓~

青森県に「キリストの墓」があるというのはもうよく知られていると思いますが、「キリスト祭」が今年でなんと第46回とは驚きました。
「キリストの慰霊祭」として、神事や玉串奉奠まである。これはこれは、何ともはや。
何でも飲み込む日本の祭り。すご過ぎます。

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2009年6月 9日 (火)

世の支配者は

昨日から今日にかけてのアジアのニュース、主なヘッドラインをasahi.com(朝日)で見たら...
 ▼北朝鮮、拘束の米記者2人に12年の労働教化刑
 ▼中国が世界2位の軍事大国に 日本は7位
 ▼中国、貨物検査の義務化取り下げ求める 北朝鮮制裁決議
他も、すべて北朝鮮と中国だけでした。

米女性記者に北朝鮮が労働教化刑12年を言い渡した事件では、
「北朝鮮が2人を引き続き拘束する意思を明確にしたもので、2人の解放交渉を口実として、核問題を含む対話の場に米国を引きずり出す戦術をとったとみられる」(読売)と伝えられています。
どうやら今のところは北朝鮮の思うつぼ。オバマ政権は、(あえて?)引きずり出されるようです。

悩ましいのは北朝鮮や中共だけじゃありませんが、神無きがごとく振る舞うこの世の諸力を見せつけられているようにも思われます。
しかし、絶望もあきらめも開き直りも不要。「主の再び来たり給ふ」日まで、主は忍耐と憐れみをもって、この世を支配しておられるからです。

「キリストは、天に上って神の右におられます。天使、また権威や勢力は、キリストの支配に服しているのです」(1ペトロ3:22)。

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2009年6月 5日 (金)

天安門20年 何か変わったのか

天安門事件から20年 遺族は外出禁止、追悼抑え込む(朝日)

天安門事件20年、犠牲者の追悼活動封じ込め…中国当局(読売)

昨日は、天安門事件20年。「改革開放」「世界の工場」なんて言葉とともに、ずいぶんオープンなイメージが定着した中国だが、やはり基本的にはおっかない独裁国家であることに何の変化もないのだと、改めて思い知らされる。

改革開放は一応成功して、図抜けた経済成長を見せている。その一つの象徴となるのか、あのGMの「ハマー」ブランドが、中国四川省のメーカーに売却が決まるらしい。「ハマー」といえば軍用車みたいなモノだから、中国にとってはGMの破綻は僥倖に違いない。

最近、ミサイルを打ち上げたり、核実験までやってのけ、本当に「困った隣人」の北朝鮮。その動向が悩ましくも恐ろしいが、その親分は中共なのだ。それが経済的にも軍事的にも驚異的な拡大路線をひた走っているのだから、おっそろしい。核軍事力に加え、空母の建設まで本格化している。その前に日本は丸腰同様だが、頼りの政治も言論も生半可。(;´Д`)
日本はいずれ日本自治区になるのが成り行きに見えるが、はたして「日本人」は、そこでもしたたかに生きて行ける力を持っているのだろうか。

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2009年6月 1日 (月)

ソフトとハードの結節点は? ~霊と魂と体と~

PCのクラッシュ(今回はおそらくファームの問題)を喰らってしまって、またソフトとハードの関係について考えさせられています。
「ソフトウェアとは何か」については、どこでも簡単に調べられますし、簡潔、適切な説明があります。しかし、それにしても「ソフトウェア」というのは、人間の精神や魂、あるいは霊のように不思議なものです。

ソフトというのは、とりあえずは、「0(Off)」「1(On)」の電磁気的、光磁気的データとして物理的に表現される「命令」や「手順」のことですが、その本質は、人間の思考にある意味や論理であり、「仕組み」や「しかけ」だと言えます。
それが、コンピュータ等のマシンを通して様々な働きや大きな力となるわけですが、わたしが不思議に思っているのは、思考や論理(精神)と物理的な力(モノ)の結節点は、いったい何なのだろうか? ということです。
「ファームウェアじゃないの」という答えもあるかもしれません。たしかにBIOS等のファームウェアは、ソフトとハードをつなぐものとも言えますが、厳密に言えば、それらもやはりソフトウェアです。

いきなりの思いつきで無理矢理ですが、パチンコの釘の配列もソフトウェアだと言えると思います。人間の思考が、釘の配列や傾きに何かを「仕組み」、玉の流れをコントロールする。
こうして、ソフトウエアとハードウエアは、区別されながらも、決して切り離すことができません。ソフトウェア(プログラム)を作った人にはよく分かると思いますが、ソフトは「それ自体」としては、存在できません。
まず人の脳の中に存在すると言えますが、それも結局は神経伝達物質だか何だかの化学変化のネットワークとして、つまり物理的なモノとして在ります。その脳の中のネットワークが、手や指の動きに変換されて、紙の上に表現される。それがまた、電磁気的な表現としてマシンの中にも刻みつけられる。

人間の思考、精神が、物理化・物質化するのは、どこでなのか? 案外これは悩ましくも不思議な問題ではないでしょうか。塵にすぎないわたしたちの体が、「生きた魂」でもある。この不思議とつながっているのだと思います。
生ける神の息吹を吹き入れられて、塵が「生きる者」となったという聖書(創世記2章)の証言は、まさにこの点に触れています。

人間の魂(精神)も、神の霊を受ける「仕組み」なのでしょうか。それを歪め、あるいは破壊したのは何なのか? 人間に分与された神の霊と人間の霊の関係は?

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2009年5月29日 (金)

我が家のノートPCがクラッシュ

家内と娘たちが使っているウチのノートPCが、突然、クラッシュ。電源は入っていてHDDも回転している。だが、一瞬HDDのアクセスランプが点くだけで、あとはウンともスンとも言わない。もしやと思いリカバリCDを入れてみたが、やはり読んでくれない。BIOSが逝ってしまっているようだ(;´Д`)。

HDDのクラッシュなら、ノートでもこれまで2度遭遇した(けっこうな確率だ、が、使用した台数もかなりの数になる)が、HDDなら交換してしまえばよい。最近はノートの方が交換が楽なくらいだし。一番やっかいで時間食い虫なのはハードの手当ではなく、後のソフト(アプリ)のインストールである。ミラーリングでもしておけたら、このあたりの問題は解決するのだろうが、そうもいかないし、アプリもしょっちゅうアップデートしたり、勝手にパッチなんか当ててくれたりしているので、結局再インストールできれいにしてやった方がよさそうだ。

いずれにしても、BIOSも起動しないノートは、ちょとお手上げ。むかし昔、CMOSクリアなんてのもやったが、専らノートPCの近年は、マザボ周辺をいじることもなくなった。ノートPCのマザーボードをいじって、BIOSのチップを載せ替えたり、他のマシンで書き換えるハイ人もいるが、そんなテクも知識も勇気もないし暇もない。

う~む。ウチももはやPC無しでは日常生活に支障が出るし、外行きの時のわたしの相棒 AspireOne を譲り渡すしかないのか。う~m。
(・ω・)

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2009年5月28日 (木)

クレヲタとは

最近、クレジットカードのことをちょっと書きました。それで、ちょっと調べたこともあったのですが、何かをネットで検索して調べようとすると、Wikiなどのお手軽辞典はもちろん、2chのような掲示板にも当たってしまう(遭遇する)のは避けられません。

おもしろかったのは、「クレジット(カード)」板の存在。そこは、わたしのような貧乏人のポイント稼ぎネタやマイラーの話題から、ステータス自慢や紳士のサロンまで、実に幅広く、貧乏人と金持ちが入り乱れた論争(喧噪?)も面白く、基本的に生活密着型の話題なので意外と興味深いのです。

まぁ、上品な皆様には、2chなどお勧めしませんが、貧富相まみれて同じ土俵に転げる様は、何か日本的で良くも悪くも平和だなぁと感じた次第です。

PS.ついでに、「クレヲタ」なる存在があることも知りました(「クレファン」というサイトも)。「クレジットカード」は、なんと趣味の一分野なのでした。「クレジットカードぐらいしか趣味がない」という人もいましたが、カードでいったい何をしているんでしょうかねぇ
(・∀・)。

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«もったいないから、捨てちゃった。