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2007年4月21日 (土)

肥大化した自己の弱さ -最近の銃撃事件に思う-

昨日からの発砲・立てこもり事件は、一応の解決をみて、付近の住民の皆さんは一安心されたと思いますが、単なる発砲ではない射殺事件がこう続きますと、何らかの関係や不思議な力でも働いているのだろうかと思わされます。

無意識のレベルでの心理学的影響などについては、ユングらの分析の手法が有効なのかもしれませんが、わたしなどは、職業柄というわけではありませんが、現代の人間の霊的な虚弱さ、ナイーブさに危機感を持ちます。今日の「スピリチュアル・ブーム」などは、もうまさに現代人の弱さそのものです。伝統的な宗教や神を無視・蔑視しながら、反面、自分の意にかなうお手軽な神々を求め、諸霊に弄ばれています。
しかし、この「弱さ」は、ある意味「強さ・大きさ」の裏返しではないでしょうか。何の強さかと言うと、「自分(自己・自我)」です。「自我のインフレーション」ということも言われましたが、今日の人間は、自分があまりにも大きく、異常に肥大化しています。

わたしたちが驚かされる事件(の犯人や関係者)の背景には、しばしば、そうした自己の肥大化が共通して見られると思います。肥大化した自己は、自分で捉え支えることはできません。それは何か(他者や諸力、諸霊)に支配されやすく、同時に、それらに抗おうとして傷つきやすくなり、さらに、それらから自己を守るために汲々とし、異常に大きな力を持とうとします。かんたんに言えば、妄想的になるわけです。

そのようなところで、銃のような、まさに自分の力を簡単に絶大化させる道具が手にされたなら、重大事件まではほんの一歩でしょう。
自己の肥大化そのものが問題というより、肥大化した自己が乗っ取られてしまうことが問題なのです。自分はいったい何に支配されているか? 自分は誰のものか? わたしたちは諸霊に弄ばれていないだろうか? 闘うためには、どういう強さが必要なのだろうか? そう問うてみなければならないと思います。

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わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。(エフェソの信徒への手紙 6:12)
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*町田の立てこもり事件、相模原市と町田市の境あたり(まさに境川近辺)だったんですね。町田に来るまで行くとき、すぐそばを通っていました。

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コメント

トラックバック、ありがとうございました。

銃撃事件って、怖いなぁ、と思いますよね。

銃を持って、人を傷つける力は大きくなり、強くなるけれど、
内側の自分があいかわらず、というか、
かえって、というか、弱くなってしまって。

そういう時代だからこそ、
わたしたちができることを考えたいですね。

これからも、よろしくお願い致します。

投稿: nobu | 2007年5月13日 (日) 05時22分

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