27日、植木等さんが80歳で亡くなりました。昭和の高度経済成長期を、飄々とドライに笑い飛ばしながら渡っていくサラリーマンのイメージが「昭和の無責任男」として日本人の記憶に強烈に残っているでしょう。しかし、実生活では、全くアルコールも飲まず実直で生真面目な人柄だったことも、知られていたと思います。不思議な人でした。
「また一つ、昭和が逝った」という感ですが、これも言い古されているからか、もう慣れてしまったようでもあります。
もう10年経ちましたが、1996年に渥美清さんが亡くなったとき、なんとも言えない虚脱感のようなものを味わわされて、それには自分でも驚きました。人の子の親になったからなのかも知れません。
それは日本的な何かが失われたような、一時代が終わったような寂しさでもあったと思いますが、渥美さんの死、すなわち「寅さん」の喪失は、たんに典型的日本の情緒や昭和の情景の終わりを徴づけた、というだけではなかったように思います。
寅さんの生き方、あるいは『男はつらいよ』には、日本的なるものと絡みながらも、普遍的なテーマが現れていて、それが現実の渥美清=寅さんの喪失とだぶったのではなかったかと思うのです。
『男はつらいよ』は、典型的日本映画、お正月映画だと言われながら、しかし海外でも根強い人気を持っていることも、よく知られています。人間に普遍的なもの、あるいは人間に共有され得る感覚が表れているからではないでしょうか。
では、その普遍的なものは何か。ある人は「純愛」だと言います。そうかもしれませんが、わたしは、人間が負わされている条件のようなものではないかと思うのです。人間は、寅さんにとっての柴又のような場所を持ちながらも、ある面で旅人にならざるを得ないところがある。そういう、現代の人間の条件のようなものではないかと。
わたしたちは、旅人の寅さんを羨ましく思います。でも、旅人は寅さんだけではありません。寅さんと出会う人々もまた、それぞれの人生で旅人にさせられているのです。だから、寅さんに巻き込まれるようにですが、なにか落ち着くことがない。それは寅さんのせいではないと思います。
そのどことなしの落ち着きの無さは、遠慮なくしばしば吐き出される「バカ」という言葉にも現れていると思います。「おいちゃん」や「おばちゃん」、さくらもタコ社長たちも、寅さんを「バカ」と言う。寅さんも、人に面と向かって「バカだねぇ、お前は」と言う。「バカ」と言い、バカと呼ばれながら、何だかその関係が少しずつずらされて、流れて行くような、ちょっぴり悲しい人間の条件が表されているのではないでしょうか。
だから、「バカ」はまったく不快感を与えません。それは関西弁で言う「アホ」に通じるのかもしれませんし、あるいは、「なんぼのもんやねん」という言葉で表される人間理解に近いかもしれません。
この条件の中でしか人間は生きていけない。それを受け入れながら生きていく人間の、ある悲哀を感じさせながらも、ウエットな笑い、やさしさ、力強さ、大らかさが、人々を捕らえるのではないでしょうか。
ちなみに、渥美清さんはその最期に、洗礼を受けられたそうです(『生きてんの精いっぱい』篠原靖治著より)。どのような道を辿られたのかは、まったく分かりませんが、神が備えて下さった旅、不思議な道行きがあったのでしょう。
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