2008年5月22日 (木)

「ライブ・イン・ジャパン」収録会場の謎

ディープ・パープル名盤の1曲、収録は大阪でした(asahi.com)

Liveinjapan

「ディープ・パープルの代表作「ライブ・イン・ジャパン」のCDで、7曲中1曲の録音された会場名が約20年間誤って表記されていたことがわかった」とのこと。その曲というのは「スペース・トラッキン」。日本武道館ではなく、大阪・フェスティバルホールでの演奏だったそうです。
わたしの手元にあるCDを見てみると、なるほどそうなっています。

もう35年も昔のことですし、「ディープ・パープル」も、知る人ぞ知る、かもしれませんが、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「ハイウェイ・スター」や「ブラックナイト」といった名曲の、強烈な印象のリフは、今もなおテレビのCMなどでしばしば使われていて、聞いたことがないという人は、おそらくいないでしょう。

わたしもいまだに、車の中で聴くのは、ディープ・パープルかレインボー。「危なっかしい」「アクセル踏み込んじゃうのでは?」と思われるかもしれませんが、高速などでは眠気を飛ばし、緊張感を維持するのにもってこいですし、意外と、渋滞やノロノロの時に聴くと、頭の中は快走しているので(?)、いらいらが解消される、という極めて良好な効果があるのです(わたしの場合)。

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2008年5月12日 (月)

大相撲国際化の謎

昨日から大相撲夏場所が始まりましたが、幕内だけでも外国人が16人だとのことです。3人に1人ですか、これはすごいですね。単純に言えば、国際化ということになるかもしれませんが、大相撲は独特な世界ですから、外国人が増えたというだけでは大きな変化とも言えないでしょう。

国際化やグローバル化の問題は、昔から日本にとって大きな課題であり続けています。外から到来するものをどう受け止めるか、日本は「和魂洋才」という器用な態度でもってきました。しかし、やがてはこの「和魂洋才」自体が問われることにまで至るでしょう。
今日、もう「漢才」だの「洋才」だの、そんな「やりくり」は無用、無意味になりつつあります。すでに「才」は流動化、グローバル化しています。ただ、その切磋琢磨の中で日本なりのクリエイティビティを発揮する「和才」ということはあるでしょう。

しかし、問題は「和魂」です。「和魂とは何か」という問題もありますが、和魂で21世紀を生きようとする精神に、はたして妥当性はあるでしょうか。和魂は22世紀の夢を見るか?
日本人が世界の中に消えていくのでなく、世界の中で日本(人)が意味ある存在として文化と精神の形成に貢献していけるとすれば、「才」のみの変化でなく、これまでの和魂は、外からのものを受け入れて強めらた「新しい魂」となる必要があるではないでしょうか。

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2007年11月 9日 (金)

「続・三丁目の夕日」は成功でしょう

続・三丁目の夕日」を見ました。平日の朝一とあって、館内はガラガラ。

失敗しがちな「続編」の難しさゆえに、キャストにもスタッフにも戸惑いやプレッシャーが相当あったようですが、見事に成功しています。
前作とのつながりもよく、VFXを駆使した映像も、歴史的に重要な資料となりそうで文句なし。前作に劣らず、単純ながら健康的な心理的カタルシスを与えてくれます。
決して期待を裏切らないという意味で単純なストーリーですが、ドラマとして深まったように思います。「お金で買えないものもある」という、あまりにも単純なテーマを、単純に言えた時代と現在との隔たりを感じさせて、そこはちょっぴり悲しくさせられます。

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2007年3月28日 (水)

「昭和の無責任男」が逝く

27日、植木等さんが80歳で亡くなりました。昭和の高度経済成長期を、飄々とドライに笑い飛ばしながら渡っていくサラリーマンのイメージが「昭和の無責任男」として日本人の記憶に強烈に残っているでしょう。しかし、実生活では、全くアルコールも飲まず実直で生真面目な人柄だったことも、知られていたと思います。不思議な人でした。
「また一つ、昭和が逝った」という感ですが、これも言い古されているからか、もう慣れてしまったようでもあります。

もう10年経ちましたが、1996年に渥美清さんが亡くなったとき、なんとも言えない虚脱感のようなものを味わわされて、それには自分でも驚きました。人の子の親になったからなのかも知れません。
それは日本的な何かが失われたような、一時代が終わったような寂しさでもあったと思いますが、渥美さんの死、すなわち「寅さん」の喪失は、たんに典型的日本の情緒や昭和の情景の終わりを徴づけた、というだけではなかったように思います。
寅さんの生き方、あるいは『男はつらいよ』には、日本的なるものと絡みながらも、普遍的なテーマが現れていて、それが現実の渥美清=寅さんの喪失とだぶったのではなかったかと思うのです。

『男はつらいよ』は、典型的日本映画、お正月映画だと言われながら、しかし海外でも根強い人気を持っていることも、よく知られています。人間に普遍的なもの、あるいは人間に共有され得る感覚が表れているからではないでしょうか。
では、その普遍的なものは何か。ある人は「純愛」だと言います。そうかもしれませんが、わたしは、人間が負わされている条件のようなものではないかと思うのです。人間は、寅さんにとっての柴又のような場所を持ちながらも、ある面で旅人にならざるを得ないところがある。そういう、現代の人間の条件のようなものではないかと。

わたしたちは、旅人の寅さんを羨ましく思います。でも、旅人は寅さんだけではありません。寅さんと出会う人々もまた、それぞれの人生で旅人にさせられているのです。だから、寅さんに巻き込まれるようにですが、なにか落ち着くことがない。それは寅さんのせいではないと思います。
そのどことなしの落ち着きの無さは、遠慮なくしばしば吐き出される「バカ」という言葉にも現れていると思います。「おいちゃん」や「おばちゃん」、さくらもタコ社長たちも、寅さんを「バカ」と言う。寅さんも、人に面と向かって「バカだねぇ、お前は」と言う。「バカ」と言い、バカと呼ばれながら、何だかその関係が少しずつずらされて、流れて行くような、ちょっぴり悲しい人間の条件が表されているのではないでしょうか。
だから、「バカ」はまったく不快感を与えません。それは関西弁で言う「アホ」に通じるのかもしれませんし、あるいは、「なんぼのもんやねん」という言葉で表される人間理解に近いかもしれません。
この条件の中でしか人間は生きていけない。それを受け入れながら生きていく人間の、ある悲哀を感じさせながらも、ウエットな笑い、やさしさ、力強さ、大らかさが、人々を捕らえるのではないでしょうか。

ちなみに、渥美清さんはその最期に、洗礼を受けられたそうです(『生きてんの精いっぱい』篠原靖治著より)。どのような道を辿られたのかは、まったく分かりませんが、神が備えて下さった旅、不思議な道行きがあったのでしょう。

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